大統領選による諸法規に対する影響と動向
アメリカの大統領の交代は、日本の首相交代とは異なり、政府全体の顔ぶれをがらりと変え、民主党、共和党の政権交替ともなれば、アメリカ政府の方針が大幅に変わる。米国では、死刑、同性婚姻、堕胎、銃規制、教育、税制、州の自治権限等、世間一般に、両党が相反する立場をとるとされている問題がいくつかあり、全ての大統領選では、これらの問題に対するそれぞれの候補の立場表明が、選挙戦の鍵を握る。しかし、今回の選挙では、反テロ、中東を中心にした軍事外交問題に焦点が当てられ、民主党代表争いでも、当初はトップ候補と見られていたディーン氏が、緒戦の段階で、「サダム・フセインの逮捕は、米国の安全に何ら影響を与えない」と発言して、支持率を一気に落としたと言われている。その一方で、海軍としてベトナム戦争従軍経験者であるケリー氏がトップ候補となり、アイゼン・ハワー以来ともいえる高位軍人のクラーク氏の善戦や、ブッシュ大統領のNational Guard時代の経歴詐称が問題とされたことなどは、時代を反映した動きといえるだろう。
大統領選挙の支持者動向とは別に、大統領選に大きく関わるものに、連邦法がある。どちらの党の大統領になるかは、その後4年間に調印される諸法令の傾向に影響を与えるからである。また、現大統領が任期継続しない場合、任期終了間際の大統領が、それまで懸案になっていた法案を一気に調印する場合がある。例えば、クリントン前大統領は、任期最終盤にエルゴノミクスに関する法に調印している。しかし、同法は内容が細かく、対応する企業にも負担が大きいためか、ブッシュ大統領就任と共に立法は中止されるという異例の事態が起きた。最近ではエルゴノミクスという言葉を聞く機会さえ乏しくなっている。
このように、大統領交代を挟んで翻弄される法律もあり、大統領権限で調印されるのか、選挙後にどのような展開となるかは、民主党側の大統領候補も決定していない時点での予想は困難だが、現在、懸案になっている連邦法案で、日本企業に関係すると思われるものを、以下に簡単に紹介したい。
◎ L-1ビザ/Hビザに関する改革
L-1ビザは、いくつかの法案に別れて改訂を求められているが、どの改定案にも共通する傾向として、米国民の職場を確保するために、Lビザの条件を規制する内容が挙げられる。具体的には、人材派遣会社の派遣社員に対するLビザ発行の規制、ブランケットビザの廃止、労働省に権限を与えて、H-1Bビザのように、一定の給与水準以上の外国人のみへのLビザ発行、ビザ有効期間の短縮、ビザ取得条件の強化、などがある。現在、どの法案も実施に至っていないが、Lビザに関して規制の動きがあること、しかし、米国議会を通過するまでには至っていないことには、注目しておくべきといえるだろう。この件に関しては、民主党、共和党に分けた目立った流れはないが、企業よりの政策を取る共和党が、労働組合に近い関係を持つ民主党よりも、Lビザ制限に反対の傾向があるといえるだろう。
H-1Bビザも、2004年度に設けられていた枠は、2003年10月1日から始まった年度の終わりを待たず、2004年2月17日で限度に達してしまった。この枠を来年度に引き上げるかどうかも、今年の立法の動向で注目すべき点である。
◎ その他の移民法関係
ビザ以外の移民法関連では、反テロ政策として、外国人、及び、特定の国から移民した米国人のプロファイル化を促進するものと、それとは相反するように、違法就労外国人者の受け入れ態勢軟化を目指すGuest Worker Programに代表される法案がある。Guest Worker Programは、雇用者と従業員の両者が望み、従業員が違法労働者である以外には諸法に触れていない場合、違法就労外国人を受け入れる内容になっている。
また、大統領選の政見発表では、既に大統領候補を辞退しているが、自分自身、移民2世でユダヤ人であるリーバーマン氏をはじめ、民主党の大統領候補の何人かは、違法就労外国人であっても、雇用者が雇用を希望し、税金を正当に支払い、諸法規に触れずに生活する外国人には、5年で移民権を与え、或いは、違法就労が発覚しても、子供は継続して学校に通うことができる、などといった移民に寛大な政策を打ち出して、目を引いた。
しかし、移民緩和に関しては、米国人失業率増加の立場から、強硬な姿勢を辞さない勢力も大きい。また、移民に対して寛大な政策を打ち出すというだけでは、移民に対して真に寛大とは言い切れない。政策が実際に実施されるかどうかは、別の問題だからだが、移民によって建国されたアメリカでは、「国籍、人種に関わらず、無限の可能性に対して自由の扉を開いておく」というのは国のモットー、基本理念であるため、移民に寛大な態度は、「正しいアメリカ人」をアピールする道具にもなるからである。外国人である我々日本人から見るのとは異なる視点で移民法が取り扱われている点も、ディベートなど、あらゆる意見が飛び交う大統領選では、注目しておくべきだろう。
◎ 残業手当
懸案になっている法案として、注目されているものに残業手当に関するFLSAの改訂案がある。これは、言語、基準が余りにも古くなった1938年発布の同条項を、現状に沿ったものに修正するものだが、低賃金層に残業手当を約束する一方で、中程度の給与水準のホワイトカラー層が残業代支払い免除の条件に適合してしまい、多くのホワイトカラー層に重大な影響をもたらすとして、懸念もされている。この法案は、昨年中に改訂法を実施の予定だったが、現在のところ遅れており、2004年の3月に最終案提出の予定となっている。残業手当に対する改訂は、支払われる側だけでなく、支払う側の雇用者にも大きな影響を与えるため、特に注目されている法案の一つである。
◎ PATRIOT ACT
今回、大統領交代となった場合、最も影響を受ける法律は、PATRIOT ACTであろう。民主党大統領候補の攻撃の的となっているPATRIOT ACTは、同時テロ事件により、暫定的なテロ対策として、期限付きで実施された法だが、期限が終了する様子はなく、日本人も、空港での入国審査時の写真撮影、指紋押捺で、その影響を被っている。将来的には、出入国の両方で、外国人入国者の記録を集めることが予定されており、2004年秋からは、全ての外国人に対して、米国渡航にはコンピュータ判読可能パスポートを必要とすることが予定されている。
◎ おわりに
大統領が交代した場合、現在の反テロ政策の軸となっているラムスフェルド国防長官、アッシュクロフト司法長官、リッジ国土安全保障長官の3名も当然交代することになる。日本人には直接関係はないが、キューバのグワンタナモ湾に留置されたままのテロ容疑者問題、サダム・フセインの裁判などを含め、民主党が大統領選に勝った場合、どのように対処するのか、その後の展開はどうなるのか、保険問題、教育、税制、失業率等と、大統領選につきものの問題は山積みの中、やはりテロ関連が国民の関心を集めているのが、今回の大統領選の最も大きな傾向といえるだろう。
IL州における主要最新労働・雇用法
2003年はイリノイ州議会が労働・雇用に関する新たな法律を数多く成立させた1年であった。イリノイの労働者たちも同様にアクティブで、州内のストライキが米国全土の注目を集めたことも数度あった。このように労働および雇用の分野では常に大きな変化が起こっているため、各企業としても関連する法規について最新の知識を入手し、日頃からコンプライアンスに気をつけたい。
I. イリノイ州における主要な労働・雇用に関する新しい法律
昨年度中イリノイ州では、労働者を保護する新たな法律が数多く成立し、2004年度から施行されている。まず、2004年1月1日からイリノイ州における18歳以上の労働者に対する法定最低賃金がこれまでより35セント多い5ドル50セントに改訂された。イリノイ州政府は、州内の最低賃金基準を自動的に米国政府が制定する連邦法定最低賃金と同額に設定する従来の法律を修正し、2005年度にはこの基準をさらに6ドル50セントにまで増額する方針である。
「被害者の経済的安定および安全に関する法律」は、従業員が家庭内暴力または性的暴力の被害者となった場合、あるいは従業員の家族や家庭内にそのような被害者がいる場合で、医療上または法的サポート、被害者支援団体のサービスまたは精神面などに関するカウンセリング、あるいは住居の移転など、かかる被害者の安全および経済的安定を確保するための措置をとる必要がある場合、12ヶ月間に最高12週間まで無給で休暇を許諾し、同期間内に保険などのベネフィットを維持する義務を50名以上の従業員を雇用する使用者に課す新たな法律である。かかる従業員がこの法律に基づく休暇の終了後職場に復帰した場合、従来と同等の職務に復帰させると同時に、ベネフィットについても、これまで通り継続しなければならない。
「2003年イリノイ同等賃金法」は、4名以上の従業員を雇用する使用者が、年功序列、能力、仕事の質または量、あるいはその他の性別以外の要素に基づく場合を除いて、類似する状況において行われた同等の技術、努力および責任を要する同一または同等の仕事に対する賃金について、男女間で差別することを禁止している。同法はまた、かかる使用者に対する一定の記録保持義務および通知の掲示義務を規定している。違反者については、差別待遇を受けたと認定された従業員に対する賃金の差額、訴訟費用および損害賠償の支払義務、さらに各違反行為に対する最高2,500ドルまでの民事上の罰金が課せられることがある。
「イリノイ告発者法」の下では、1名以上の従業員を雇用する使用者が、州または連邦法規の違反に関する何らかの情報を保有していると考える合理的な理由を有する従業員について、政府または警察機関に対するかかる情報の開示を妨げるような規則またはポリシーを作成、採択あるいは実施することが違法とされる。また同法は、従業員がこうした情報を開示した場合、あるいは州または連邦法規の違反となる行為への参加を拒否した場合に使用者がかかる従業員に対して報復的な措置をとることを禁止している。同法に対する違反は、刑法上の軽犯罪を構成するばかりか、違反者に対する民事上の責任を発生させることもある。
II. 労働組合の動向
2003年は労働組合がイリノイ州において特に元気だったが、秋の大統領選挙にともない、労働者の組織化などを含めてその活動が今年はさらに活発になるものと予想される。
米国労働省の発表によると、2003年の米国全土における労働組合の組織率は、賃金を受領する労働者全体の12.9%で、前年度の13.3%を下回り史上最低を記録した。2003年度の米国における労働組合員の総数は、前年度から36万9千人減の1,580万人となった。
2003年度におけるパブリックセクターの組織率が37.2%であったのに対して、プライベートセクターの組織率は8.2%であった。プライベートセクターにおける主な産業別の組織率を見てみると、運送および電気や水道などのユーティリティーが26.2%でトップ、これに建築(16.9%)、情報(13.6%)、製造(13.5%)が続くかたちとなった。職種別の組織率では、教育、トレーニングおよび図書館関連が37.7%で最も高かったほか、警察や消防などのいわゆる防御サービス(36.1%)、天然資源、建築およびメンテナンス(19.2%)、ならびに製造、運送および運搬(18.7%)なども比較的高い組織率を記録した。逆に最も組織率が低かった職種は、8.2%を記録したセールスおよびオフィスワーカーであった。
全米の労働組合員総数の約半数がカリフォルニア、ニューヨーク、イリノイ、ミシガン、オハイオおよびペンシルベニアの6州で勤務していた。労働組合員数が多い州のトップ3は、カリフォルニア(240万人)、ニューヨーク(180万人)、そしてイリノイ(100万人)であった。組織率では、ニューヨーク州(24.6%)、ハワイ州(23.8%)、アラスカ州(22.3%)、およびミシガン州(21.9%)がトップ4となった。
前述のような組合員数の減少傾向にもかかわらず、労働組合は今日もまだ米国において多大な経済的および政治的な影響力を維持している。実際、2003年10月のゴミ収集業者の従業員によるストライキなどは、シカゴ周辺の住人の記憶にまだ新しい。
また、2004年初頭、民主党大統領候補選挙に出馬した元バーモント州知事のハワード・ディーン氏は、地方公務員からなる全米有数の労働組合であるAFSCME(American Federation of State, County and Municipal Employees)がディーン氏に対する支持を撤回した直後に選挙戦からの撤退を表明した。これとは対照的に、ジョン・ケリー氏は、AFL-CIO(American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations)の支持を獲得することにより、民主党大統領候補選挙におけるフロントランナーとしての地位を確固たるものとした。
昨年8月、イリノイは、ニューヨークおよびカリフォルニアに続いて、いわゆる「カードチェック」による労働組合の承認手続を認める第3番目の州となった。この承認手続は、州政府機関などの公的な職場において、職員の過半数が労働組合による交渉代表権を委任する意思を表明するカードに署名した場合、交渉代表権の是非を問う従来の秘密投票を実施することなく、使用者が当該労働組合の交渉代表権を承認することを義務付けるものである。すなわち、この手続の下では、使用者が労働組合による交渉代表権の是非について従業員を説得する機会をまったく与えられないまま労働組合が組織されてしまうことがあり得るわけである。このカードチェックの手続は、今までのところ上記3州において公務員にのみ適用されるが、労働組合を代表するロビー団体は、この手続が米国全土のプライベートセクターにも適用されるよう現在連邦議会に積極的に働きかけている。
同時に各労働組合は、組合員数を増加させるべくアグレッシブな活動を展開している。最近の傾向としては、労働組合が組織化運動に多額の予算を費やしたり、より洗練された戦略に基づいて組織化運動を実施していることなどが挙げられる。実際、International Brotherhood of Teamstersは、組織化のために約1,300万ドルの予算を組んでいるとも伝えられている。また、United Auto Workersは、伝統的に労働組合が強い影響力を有する産業の枠を超えて、病院の職員、ティーチング・アシスタントをする大学院生、ならびにカジノの従業員などをターゲットとする新たな組織化運動を推進している。
このような状況をふまえて、労働組合のない職場環境を維持することを望む企業は、適切な「予防策」が講じられているかチェックする必要がある。こうした予防策には、公平かつ適切な採用手続、従業員とのコミュニケーション、業績評価、懲戒処分、社則、ならびに従業員、マネージャーおよび役員のトレーニングなどが含まれる。これらの予防策、あるいは労働組合の組織化運動中およびその後の使用者の行為には、非常に複雑な不当労働行為に関する法規が適用される。故に、使用者にとっては、組織化運動が実際に始まってしまう前から、常に準備を整えておくことが重要である。
III. 結論
2004年は、前年に引続き、労働・雇用の分野の多方面において活発な動きが見られることが予想される。各企業としては、米国におけるビジネスの成功にとって人事に関する適切な予防措置が必要不可欠であることを念頭に置きながら、今後とも新たな動向に注意を払いつつ、コンプライアンスに心がけたい。