JEEP報告 ポール・ルイス
Kildeer Countryside School District 96
カリキュラム評価委員会理事長
Paul Louis氏
「みなさん、夏休みはどう過ごしましたか?」
長い休暇を終え、新たな学年に上がった学生たちを迎え入れるときに、必ず先生がしている質問です。久しぶりに集まる教育者の間でも、このような質問を互いに投げかけます。今年の夏、私は幸運にも、シカゴ日本商工会議所(JCCC)が出資する国際教育者招聘事業(IEJ)プログラムの代表者の一人として選ばれました。過去27年間の夏季休暇中、教師、そして教育事務局の一員としてたくさんのすばらしいことをしてきましたが、今年の夏の経験はその中でも指折りのものとなりました。私を含めた3人のシカゴの教育者、そしてアメリカの他都市、カナダ、ベルギーからその他26名の同職のメンバーと共に12日間かけて東京、京都、広島、奈良を訪れました。このプログラムの趣旨は、日本からシカゴに引っ越してくる日本人の家族や学校に通う子供たちにとって一層馴染みやすい環境を作り出すために、我々シカゴの教育者が日本を訪れ、日本の教育システム、文化、歴史、社会などをなるべく多く吸収して帰ることでした。
貿易研修センター並びにJCCCの方々は終始手際良く運営され、最初の採用通知のEメールから旅の別れの瞬間まで細かいディテールすべてに気が配られており、また、プログラムも綿密に練られたものでした。おかげで初めての日本への旅が非常に充実したものになり、彼らに対して感謝の気持ちでいっぱいです。
成田空港に同僚3人と降り立った瞬間に「日本に来れたんだ」とやっと実感することができました。参加通知をもらったときからこの旅のことをずっと考え、夢にまで出てきました。準備しすぎていたためか、本当に日本にいることが信じられませんでした。訪日前は、日本の歴史や文化、観光名所などに関してガイドブックを読みあさるのみならず、私が勤めている学区で日本人生徒たちを補助してくれている日本語通訳者数名に「訪日するに当たり、日本で提案できることはないか」と尋ねたりしました。また、出張やプライベートで日本に行ったことのある人から情報収集をしたり、日本語の日常会話を勉強したりといろいろとやっているうちに待ちに待っていた日がようやく訪れました。
【全体を通して感じたこと】
○対照となるものが共存する国
日本到着後まもなく、この国には対照的な物事が溢れていることに気付き始めました。渋谷を歩いていると交通渋滞、ショッピング、人間ウォッチングなどで賑わっているかと思ったら、街の真ん中に突如と非常に大きな神社、明治神宮が現れました。あそこまで人通りの多い場所から少し離れるだけでこのような平穏な空間に包み込まれることに驚きました。京都の芸者街の芸者が歩く道の横をサラリーマンが歩いていることや、高性能のトイレとは対照的にレストランや自宅にあがる際に履くスリッパの新旧の違いも興味深かったです。
街中以外にも意外な対照的なものを見させてもらいました。日本のテクノロジーやゲームの世界が進んでいるのは前々から知っていたので、あらゆるところで見かける最新のテクノロジーが使われた広告には特に驚きはなかったのですが、訪問した学校のうち、コンピュータ室が設けられていた学校が1校のみだったことが信じられませんでした。アメリカの学校では教室にどんどんパソコンやiPadを導入していく方針ですが、日本では学校での提供が限られている状態でも、テクノロジーの分野で日本が世界に遅れを取っていないところを見ると、アメリカの考え方を見直す必要があると感じました。
○仲間や設備に対する配慮
忘れられないのが、どこへ行っても物事に常に敬意を払っている日本人の姿勢。初めて地下鉄に乗ったとき、駅の清潔さや落書きがないところ、並んでドアが開くのを待っている乗車客、そして電車の中の静かさなど、マナーの良さが際立っていることに感心しました。
学校訪問の際も、校舎や他の生徒への配慮が重視されており、マナーを守ることが期待されているのが目に見えて分かりました。授業開始は先生の方を向いて「起立、礼」をするところから始まり、着席後は授業に集中しないといけない空気が漂っていました。各学校の校長先生のお話を伺っていると、生徒たちが一定のルールを守る社会性を身につけるよう期待していると口を揃えておっしゃっていました。私が勤めている学区でも一貫性を持って対人関係の教育を遂行できるように取り組んでいます。
また、給食の際、生徒たちが食事の配膳・管理から片付けまで責任を持ってやっており、与えられた食事に感謝してすべて平らげていました。残り物の争いは毎回じゃんけん大会が行われていました。このような給食制度を私の学区に取り入れたらどうなるでしょう。
そして、学校というところは基本的に散らかっているものだと思っていましたが、日本の学校はごちゃごちゃして汚いというよりは生徒たちが熱心に勉強してアクティブに活動しているという印象を受けました。生徒たちが責任を持って自ら校舎の設備や道具を清潔に保っているのがはっきりと伝わってきました。このような姿勢を私の学区においても将来必ず見てみたいと思いました。
○日米同様の課題も
日本は地球の反対側にあるにも関わらず、日本で出会った人々と多くのことで共感し合い、さまざまなことを学べたことが非常に貴重な経験となりました。喋る言語や文化が異なっていても、同じ人間、先生、親、国民として似たような課題ばかり抱えていることが明らかでした。
例えば、東京の高校を訪問した際に校長先生が「教員たちが実地研究を通してどういった教育戦略が一人一人の生徒の学習に一番適しているか見出そうとしている」と話してくださいました。私の学区でも同じように学生のニーズに合わせようとさまざまな取り組みを行っていることを思い出させられました。
また、アメリカでも懸念されている高齢化社会が日本で大きな問題になっているそうですが、これが社会やビジネスにも影響していると教わりました。多くの日本企業は高齢化社会のニーズに注目しているという話も聞きました。アメリカの若い世代が日本と同じレベルで高齢人口に備えてくれる自信は完全にはありません。
学校訪問で気付かされること以上に、この旅で私の一番強い印象に残ったのは実はホームステイだったかもしれません。最初はホームステイをすること自体に非常に緊張していましたが、私の予想をはるかに超える体験でした。親切な家族に温かく迎え入れていただきました。彼らの自宅は息子さんの工作や本で溢れ返っており、私のシカゴの生活と似ているところが本当にたくさんありました。お父さんとお母さんはとても愛情深く寛容な方たちで、子供にとって何がベストなのかと日々悩まれている様子でした。お父さんは残業が多く、一日に子供と過ごせる時間はほんの僅か、もしくは皆無とのことでした。その分お母さんが子供を完全に任されていて、自身の仕事のスケジュールと子育てのバランス、子供の宿題、子供の習い事の管理、ピアノの練習、適度に遊びの時間を設けてあげること、テレビ観賞時間の管理、子供が歩く30分の学校への行き帰りの道のりの安全面など、多くの心配事を抱えているようでした。私と妻もまさに自分の子供たちに関して同じような悩みがあると話し合うことができました。家族愛、働く親が受けるプレッシャー、義理の両親との対立など、共通点が本当に多いことに気付かされ、子供や家族に対する思いは万国共通なのだと実感しました。ホストファミリーとずっと関係を保ち、いつかまた会えることを願っています。
【この体験を今後活かす方法】
日本で学んだ情報をどのように共有しようか帰宅してからいろいろ考えてきました。一緒に働いている、英語を第二外国語として教えているELLの先生には旅の様子を確実に共有しようと思っています。彼らは日本から渡米してくる学生によりよい教育を与えられるよう日本の文化や教育システムに関して非常に関心を持っています。また、事務局も手続き等で関わることも多いため、我が学区に移行する日本人学生のことをより理解してもらうよう、事務局にも共有したいと思っています。
特に共有したいと思っている内容を以下に少しまとめます:
○日本人学生の保護者へのフォローを入念に
日本の教育システムとアメリカの教育システムで似通っているところは多少あるとはいえ、クラス分けテストを実施していること、年間行事のスケジュール、クラスルームでの振舞い方を始めとし、明らかに大きく違うところはしっかり説明してあげないといけないと思いました。特に、給食システムの違いが大きいと感じたので、支払い方法や食文化、カフェテリア式のシステムを生徒と保護者両方に話をしておきたいと思いました。
また、訪問した日本の学校ではあまり使われていないようでしたので、私の学区では積極的にテクノロジーを取り入れていることを保護者に理解してもらうと子供たちも助かるだろうと思いました。
○課外活動の機会に関する案内を積極的に
学校の授業以外にも、学区で提供している課外プログラムの中で日本人学生の役に立つ、または環境に馴染む手助けになるようなものがあるかもっと入念に調べて伝えた方がいいと感じました。
【おわりに】
今回の体験をしたことで、日本から来た子供たちがどういう気持ちで学校に入学しているかをさらに理解することができました。日本人は英語のリーディングよりもスピーキングに苦手意識があるため、長期間教室であまり話せないまま過ごすことがしばしばあると教えてもらいました。そういったストレスや不安を解消してあげるためにも、必要に応じて日本語通訳をつけ、日本人学生同士がコミュニケーションを取る機会を与えてあげることがいかに重要であるかを再認識しました。私が勤める学区では保護者向けの書類は翻訳して渡すよう徹底しており、保護者面談の際も、効率よく子供に関して話し合ってもらうために通訳に入ってもらっているので、これはこれからも続けていきたいです。また、生徒の英語力をベースにクラス分けをしてしまうのではなく、過去の学習経験を基に最適な学級やクラスに入れてあげることで日本に帰国した際の教育システムの違いによるレベルの差を多少調整することができるでしょう。
最後に、2015年度のIEJプログラムに参加させていただきましたシカゴ日本商工会議所に改めて感謝を述べて終わります。ありがとうございました。