聖地巡礼: スマパンゆかりの地を訪ねて
田中さん、次はシカゴに赴任になりそう!」上司からそう告げられたとき、私の頭に真っ先に浮かんだのは--損害保険のプロフェッショナルとして米国の保険ブローカー市場でも、ダウンタウンの高層ビル群でもありませんでした。「. . . スマパンの本拠地だ」それが最初の感想でした。
多感な10代の頃、私はThe SmashingPumpkins( 通称スマパン。90年代グランジブームで活躍したシカゴ出身ロックバンド)に夢中でした。奮発して手に入れた黄色いSports Walkmanで、『Mellon Collieand the Infinite Sadness』を毎朝聴きながら登校していたのを覚えています。音楽の知識はろくにないくせに、「ふふ、世界一のバンドだな」などと確信していた、ちょっと恥ずかしい高校生でした。
そして先日、家族が一時帰国していたタイミングを利用して、約30年越しに青春の夢を果たすべく、「スマパン聖地巡
礼」を単独決行しました。本稿では、おそらく99.5%の方には関心のない(笑)、シカゴ近郊スマパンゆかりの地を6カ所(うち3か所は廃墟)ご紹介します。移動は車がおすすめです(徒歩・電車ではやや過酷です)。万一にも興味があって訪問される場合は、もちろん、車内BGMはスマパン一択でお願いします!
① METRO( 実質的なデビューの舞台)
住所: 3730 N. Clark St., Chicago
Wrigley Fieldのすぐそばにある、現役のインディーズ系ライブハウス。JimmyChamberlinが加入した後、実質的な初期ライブの多くがここで行われました。バンドの原点を感じられる場所です。今でも多くのインディーバンドがここで活躍しています。

② CHICAGO 21( 初ライブの会場)
住所: 5951 W. Lawrence Ave., Chicago Billy とJames が、ドラムマシーンを使って初めてライブを行った伝説のバー。当日はBilly がなんとベースを担当し、ドラムは機械任せという異色編成(1988年6月9日)。現在は廃墟ですがファ
ンにとっては感慨深い場所です。
③ RECORD HUNT跡地
(運命の出会いの場所)
住所: 5951 W. Lawrence Ave., Chicago
バンド結成前、BillyとJamesが出会ったレコード店が入っていたビルのテナント部分でこちらも今はしもた屋。向かいにはメキシコ系の食料品店とトルコ料理店などありますが、それ以外は空きテナントが目立ちます。ちなみにJamesは日系人です。

④ PUMPKINLAND跡地
(名盤誕生の地)
住所: 3364 N. Elston Ave., Chicago
1,000万枚を売り上げた『Mellon Collie and the Infinite Sadness』 の一部が録音された、Billy所有のプライベートスタジオ跡地。現在はダンス教室として使われていますが、古いレンガ造りの建物には当時の空気がわずかに残っているように感じます。
⑤ MADAME ZUZU’S
( Billy直営のカフェ)
住所:1876 1st St., Highland Park
シカゴ中心部から車で30分ほど北に位置する、Billy Corgan直営のビーガンカフェ。オーガニックな料理や紅茶だけ
でなく、スマパン関連グッズの展示や販売もあり、ファンにとってはまさに“ 聖地”。Billyがたまに店に現れることもあるとか . . . ?当日はローカルミュージシャンのしっとりしたライブを聞きながらコーヒーを楽しめました。スマパンファンでない方でも楽しめるのは今回ここだけです。

⑥ CIVIC OPERA HOUSE
(新作オペラ上演予定)
住所: 20 N. Wacker Dr., Chicago
番外編。ご存じCivic Opera Houseにて、Billy Corganが『Mellon Collie…』発売30周年を記念し、新たなオペラ作品を上演する予定です(11月開催)。怖いもの見たさで、チケットを予約してしまいました!
あとがき「あんなに夢中だったアレやコレ」を、まさか海外の地でふと思い出すことになるとは。そんな時間は、とても贅沢で豊かなひとときでした。もし、皆さまの心の奥にしまってある“青春の記憶”にまつわる「聖地」が思い浮かんだなら、いつかその地を訪れてみてはいかがでしょうか。
戦後80年という歴史的に重要な節目でこのような軽いノリの記事もどうかとは思いましたが、商工会議所事務局の「内容は何でも構いません」というお言葉に背中を押され、非常にマイナーなテーマで自由に書かせていただきました。長男は双葉会の宿題で、敗戦直後にソ連の捕虜となった祖父の話を真面目に作文しておりましたが、私は先人が築いた平和な国で育った日本人が米国カルチャーへ憧れと尊敬そして感謝を込めて執筆したということで、ご理解いただければ何よりです。
