夕焼けの話
誰もが馴染みのある「夕焼け」の話をする。日頃は意識してじっくり眺めることは無くても、夕日を見ることが好きな人は多いと思う。また夕焼けを見て綺麗だと思うのは自然な感覚だろう。夕日に纏わるエピソードをお持ちの方もきっといるのではないか。
以下は私の些末な昔話である。やや大袈裟だが「夕日は身近な感動体験である」という思いが僅かでも伝われば嬉しい限りである。
東京の夕焼け
大学受験の合格発表日、既に試験の感触が相当悪く自信は全く無かった為、敢えて人が少ない午後の遅い時間に発表を見に行った。結果は予想通りだったが、それよりも偶然その時に見た夕日が強く記憶に残っている。
大学の時計台の向こうに沈んでいく黄金色の夕日、そして燃え上がるような色の雲は驚くほど美しく、その場の静寂と相俟ってまるで別世界のように感じた。目の前の「厳しい現実」を暫し忘れるほど感動したことを今でもはっきり覚えている。
いつも当たり前のように夕日を見てきたが、あれほどの衝撃は無かった。本来ならこの日は非常に憂鬱な帰路となるべきところ、お陰で心穏やかにそして不思議と前向きな気持ちで帰宅できたような気がする。
夕焼けの驚きと感動を体験したこの時から、夕日に対してある種「畏敬の念」を抱くようになった。そして場所・季節を問わず崇めるような気持で夕日を見るようになった。非常にタフな日でも、鮮やかな夕焼けを拝めれば「今日は良い一日だった」と思えるようになったのも、恐らくあの日の体験に起因している。因みに翌年同じ大学に無事合格した。ただこの時は朝から意気揚々と発表を見に行った為、掲示板に自分の名前を見付けても特に感慨は無し。また天気も悪く前年の「感動の不合格」とは対照的な発表日であった。
ミュンヘンの夕焼け
アウシュヴィッツから生還した心理学者による有名な著書「夜と霧」の一節に夕焼けに関する印象的な場面がある。囚人達は明日を生き延びることすら難しい絶望的な状況にあった。ある日突然、囚人の一人が「夕焼けが綺麗だからみんな外に出よう」という。他の囚人達は飢えと寒さで息も絶え絶えの中、ようやく立ち上がりよろよろと外に出てみると、そこには見事な夕焼けがあった。暫くすると一人の囚人が「世界ってどうしてこんなに美しいんだろう」と皆に語り掛ける。
この本を初めて読んで以来、この光景が強烈な印象として残っていたが、その後ドイツ留学中に奇遇にも幾つかの強制収容所を訪問する機会があった。ある日ミュンヘン郊外の強制収容所を訪れたが、ちょうど晴天の午後で運良く夕日を拝むこともできた。もちろんミュンヘンの夕焼けは感動するほど美しかったが、この日の夕日は特別だった。
夕日を見つつ「夜と霧」のこの場面を思い出し大いに動揺した。極限状況においても美しいものに感動する純真な人たちが、嘗てこの場で命を落としていった。この残酷な事実を思うと、とても心穏やかではいられなかった。感傷的な気持ちを抑えられず、暫く立ち上がることもできなかった。隣に居た同級生は私を見てさぞかし驚いたに違いない。
毎日をのうのうと生きている学生に「戦争と平和」或いは「人間の尊厳」を考えさせる貴重な機会としても特別な夕日だった。
ニューヨークの夕焼け
ニューヨークの夕日と言えば「マンハッタンヘンジ」が有名だが、実は夏至の時期に限らず、マンハッタンは所謂「夕映えスポット」が多い街である。個人的には特にブルックリン側からマンハッタンの向こう側に沈んでいく秋の夕焼けが最も印象的だった。
夕焼け色の空と高層ビル群の組合せは絶景だが、徐々に黒ずんでいくビルが巨大な墓石のようにも見えて、美しさの中に怖さも感じた。他方、マンハッタンは「人ゴミと騒音」の残念な街でもあるが、あの光景を見ると街の魅力を再発見したような気分になる。あの街は「やはり外から眺めるべし」と実感する光景でもある。
ニューヨーク勤務の最終日に見た、マンハッタンのビルの隙間からハドソン川に沈んでいく初夏の眩しい夕日も忘れられない。この先アメリカに勤務することはないだろうと思い、深紅の夕日を必死に目に焼き付けたことは今や懐かしい思い出である。
シカゴにて
さて、字数制限の都合上、シカゴでの「感動体験」の話は別の機会に委ねるが、この先いつどこに居ても夕日を拝む度に、素直にその美しさに感動する心の余裕を持っていたいと思う。普段は多忙で夕日を見る機会など無いという方も、ふと足を止めて僅かでも夕日を眺めてみると何か良いことがあるかも知れない。
更に言えば、世界の多くの人たちが夕焼けの美しさとその感動を身近な人と共有する余裕が少しでもあれば、世界はもっと平和な気がしてならない。不幸にして現在戦渦にある国の人たちが夕日に癒され、穏やかな気持ちで夜を迎えられる日はいつ来るのだろうか。今シカゴで珍しくそんなことを考えている。