どうか旅のお疲れが出ませんように. . .
1993年、成田空港の旅客係員としてANAに入社した私のキャリアが大きく動き出したのは2002年のことでした。当時、私は人事部で給与や社会保険の事務に勤しむ33歳。自他共に認める「立派なオジサン」でしたが、ある日突然、上司から「客室乗務員(CA)の訓練を受けてこい」と内示を受けたのです。約2か月の保安関連の厳しい訓練を受け、晴れてオジサンは日本の空にANAで初めての日本人男性CAとして飛び立ったのでした。

当初は国内線限定乗務で東京=大阪線などビジネス路線では569席のジャンボジェットに12名のCAが乗務し、ベルト着用サインが消えているたった17分間に新聞や飲み物を配りごみを回収するというタイムトライアルのようなフライトの連続でした。その経験は、今でも私の夢に現れます。「着陸間際、滑走路が目前に迫っているのに、延々と続く座席の列に飲み物を配り終えられない」——それほどまでに当時は必死だったのでしょう。
その後国際線でも乗務が始まりました。飲むのが専門だったワインや日本酒、カクテルのレシピを猛勉強し、私は世界を股にかける「オジサンCA」へと進化を遂げていきました。ビジネスクラスで自分が担当するお客様に挨拶をしたら「なんだよ男かよ」と舌打ちされたこともありました。そうですよね、本当にごめんなさい、の気持ちで十数時間乗務しました。
空の上での2年半は、地上での5年間に勝るとも劣らない、濃密な発見の毎日でした。1 ヶ月の出勤日すべてを中国線の往復乗務で埋め尽くされたり、3週連続でアメリカ線を飛び続けたりと、体力の限界に挑むようなスケジュールをこなしたこともありました。しかし、そのおかげで私は、普通のCAよりも圧倒的に多くのお客様と出会う幸運に恵まれたのです。ビジネスの重責を背負った方、不安を抱えながら海外赴任に向かうご家族、数十年ぶりに故郷の土を踏む方、そして日本を夢見て旅立つ外国人観光客。機内は、人生の交差点そのものでした。時には、異国でのストレスをぶつけられることもありましたが、根っからのお節介性分である私にとって、お客様の不安に耳を傾け、少しでも心を軽くしていただくお手伝いができるこの仕事は、天職だったのかもしれません。狭い機内という空間は、私にとって最高の「人間学」の学び舎でした。
CAとしての乗務を終えて地上に戻った私は、座席やラウンジ、搭乗モデルの開発という重責を担うことになりました。ひとつのプロダクトを世に出すには2年以上の歳月を要します。私は、それまでの接客経験から「答えは常に現場にある」と確信していました。
ある時は一日中ラウンジに身を置き、またある時は空港の片隅で数時間、お客様の動きをじっと観察し続けました。快適さとは何か、スムーズな動線とはどうあるべきか。その答えを求めて現場の空気を吸い続けた日々は、私の仕事観の土台となっています。
40代になると一転、貨物部門へ異動となりました。ユナイテッド航空との提携プロジェクト責任者として、約4年間にわたり2 ヶ月に一度のペースでシカゴへ通うことになります。ダウンタウンやアーリントンハイツを定宿にし、時には 日本からの日帰り出張という強行軍もありました。特に忘れられないのはコロナ禍の狂騒です。世界中で旅客便が運休する中、「貨物物流を止めるな」を合言葉に、私たちは文字通り奔走しました。いつしか「エッセンシャルワーカー」と呼んでいただけるようになり、多い日には1 日5 便もの貨物便がシカゴと日本を往復しました。飛行機が運ぶのは単なる「荷物」ではなく、人々の生活と希望なのだと痛感した15年間でした。
2025年、私はついにシカゴへと赴任しました。妻と愛犬の柴犬・わさびを連れての移住は、ペットの輸送手続きなど、家族で海を渡る皆様の大変さを身に沁みて理解させてくれる経験となりました。現在の私の職場は2025年に離着陸回数で世界第1位に輝いたシカゴ・オヘア国際空港です。8本の滑走路を有し、4万6千人ものプロフェッショナルが働くこの巨大なハブ空港には、ここにしかない活気があります。どんなに深夜や早朝であっても、スタッフ同士がジョークを交わし、困っているお客様を見れば誰からともなく「How can I help you?」と声をかける。そんな温かな文化が、ここには根付いています。冬のシカゴは厳しく、夜明け前の雪深いハイウェイをハンドルを握りしめて空港へ向かう日もあります。東向きの強い追い風を受け、予定より大幅に早く到着する日本便を出迎える時、私の胸にあるのはただ一つの願いです。「今日も定時に、安全に、シカゴと日本が結ばれますように。皆様の目的が果たされ、大切な荷物が無事に届きますように」ゲートを通り過ぎ、再びそれぞれの人生へと歩み出すお客様の後ろ姿に、私は今日も心の中で「どうか旅のお疲れが出ませんように」と唱えます。当時の写真の面影はもはやございませんが、もしオヘア空港で私を見かけたらぜひ気軽にお声がけください。
