My Yellow Brick Road to Chicago

田口 美樹さん Hitachi Global Air Power US, LLC (Sullair)

Yellow Brick Road

先日映画化されたWickedや、オリジナルのWizard of Ozにも登場したEmerald CityへのYellow Brick Roadは、幸福や成功への道の象徴であり、日本で言うと、黄色いハンカチと同様のもの。昨今、私のYellow Brick Roadは生まれる前からシカゴに向けて黄色いブリックが敷かれていたと感じる。
幼少の頃から就職後にかけて、米国ではニューヨークとカリフォルニア、欧州ではブラッセルとロンドンで生活する機会があったが、2018年にシカゴに赴任するまで、シカゴと言えば Michael Jordan や Al Capone のイメージだけで、その他知識は一切無く、訪問したこともなかった。しかし、様々なフェーズで、シカゴへのYellow Brick Roadと縁があったことに気付き、今、ワクワクが止まらない。

父とシカゴ

先日父と話していた際、1970年代後半の私が生まれる前から、毎月ニューヨークからシカゴに出張していたことを知った。また、私が今でも大切にしているお気に入りの Globe Bar(地球儀の中に、お酒のボトルやグラスを入れるカート) は、当時シカゴで勤務していた部下から贈られたものと知った! 1990年代にマウンテンビューで勤務していた父は、当時も毎月シカゴに出張しており、Chicago Bulls のジャケットをお土産に持って帰ってきてくれた。今も、ジャケットは大切にシカゴで愛着中。父が趣味で集めているデコイ(大谷翔平の愛犬ではなく、野鳥の木製置物(笑)) もシカゴ出張時に集めたとのこと。

もっとシカゴ

母から15年以上前に手渡され、数カ国共にしたステーキナイフは、シカゴ赴任後よくみてみると、Chicago Cutlery 製。

スポーツ観戦好きの私が2011年にロンドン駐在時代にテニス、サッカー、ラグビーに加えて観戦したアメフト・ロンドンシリーズも、Chicago Bears 戦だった!私の一番好きな画家マルク・シャガールがシカゴ美術館にバイセンテニアルを記念してステンドグラスを寄贈したはのは私の生誕年。米国史のシンボル、シカゴのスカイラインと芸術(音楽、絵画、文学、建築、演劇、踊り)の絵が鮮やかに描かれている。何度みても飽きず、訪問の際は必ず足を運び、光の加減や心境による新発見を楽しむ。ところで、シカゴダウンタウンのチェイスタワー前にあるシャガールの大モザイク壁画「四季」をまだ観ていなかったら是非観て欲しい。パリ・オペラ座のシャガールの天井画に引けを取らない、ガラス、大理石、花崗岩などでのモザイクで作られた壁画は、摩天楼に突然現れる青空美術館。現在修復中だが、近距離で気軽に楽しめて、とても幸せで贅沢な時を過ごせる。

シカゴ赴任

インディアナ州ミシガンシティ市創業の空気圧縮機メーカー Hitachi Global AirPower (Sullair) 買収チームメンバーになり、2017年7月の買収完了後、2018年7月にシカゴ事務所に赴任した。中西部を筆頭に多くの優秀なタレントが集まることから、約10年前にシカゴ事務所を開所。今年創業60周年を迎えるHitachi GlobalAir Powerは、日立創業翌年の1911年に開始した長い歴史を持つ空気圧縮機事業に従事していることから、両社にとって最高のマッチだった。その後、本買収を皮切りに、中西部には5社の産業事業関係の兄弟会社を買収し、日立ファミリーが増えた。

シカゴに恋をして

シカゴ赴任後、綺麗な街並みや湖、音楽と芸術に気軽に触れられるシカゴにすぐ恋をした。水仙やチューリップを一瞬楽しんだ後は短い夏が訪れるが、少し気温が上がっただけで日光浴するシカゴアンの姿をみると、世界一幸せ者ではないかと本気で思う。整備された公園でのアクセスしやすい屋外音楽会も魅力的。寒いシカゴの冬も好きだ。早く春が来ると、不思議に思われる時もあるが、“ちょっと待って、ゆっくりで良い” と焦る気持ちがある。何故なら、シカゴには屋内で楽しめることが沢山ある。ボランティアで第二のホームに化しているシカゴ交響楽団を筆頭に、シカゴには数百の大小劇場があり、音楽から演劇、コメディまで多種多様なジャンルの世界トップクラスの人が集まる。プロのアイスホッケーやバスケットボール観戦、寒い中のアメフトも楽しめるし(ビーニー集め含)、自身では、ピックルボールをジムで楽しむ。先に述べたアメリカ三大美術館の一つもあるし、博物館も多数ある。アメリカ各州へのアクセスだけでなく、欧州他にもアクセスしやすい。人もフレンドリーでグルメの街。新ローマ教皇レオ14世もシカゴ出身!シカゴに惚れる人は多かろう。

2025年@シカゴ

2025年は、私にとってシカゴに暫く残って頑張ろうと決断した重要な年である。シカゴで出会った魅力的な仲間や同僚、虜にする芸術やスポーツ(Go Cubs Go!)に限らず、日本人が快適に事業を行い、生活できる環境を先輩達が今まで投資、整備してくださったからこそ(JCCCの60年の強い基盤は言うまでもなく!)、私もよちよちながら、My Yellow Brick Road to Chicagoを歩ける。これからは、より多くの仲間がYellow Brick Road to Chicagoを歩き、シカゴで夢を実現し、ワクワク幸せを掴められるよう、少しでも貢献していきたい。